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 おいものせなかだより    2019年7月1日(月) [おいものせなか通信]

 ようやく通信が出ました、出せました(;^ω^)。6月の情報、古くなりました…。

 おもては6月前半に書いていたので、早く出したかったのですが、ウラが書けなくて遅くなりました。終わったおもてのイベント情報は、見なくていいです。ウラも、恥ずかしいので読まなくていい…。昨日できなかったのに、せめて6月30日発行と、ウソつきました(-_-メ)。

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 1年9ヶ月ぶりのウラ面のコラムです。


      オールフリーの夫
                      2019年7月1日(月)

 夫亡き後、膨大な荷物の片づけに奮闘している。おいものせなかは当初併設でリサイクショップと不用品・廃品回収業もやっていたので、片づけの依頼も受けていた。親が死んだ、小屋を整理したいなど。その中からまだ使えるものを安く販売して、宝探しみたいと喜ばれていた。


 回収・片づけ担当の夫は開店10年で50歳になった時、「オレは画家になる」宣言をして、回収業をやめた。まだ子どもが小中学生でこれからお金がかかるというときに。開店以来赤字のおいもを支えてきたリサイクル業をやめて、いもだけでやっていくのは無理だよ!と抵抗しても、「オレには時間がない。あと5年の命だからやりたいことをやる」と。


 だが、私は生活が不安で一人で両方の店をやるからと言ったが、やめるならやめる、中途半端はダメだと。一見潔さそうだが、店を続けていれば、どこかでまた仕事を頼まれるのが嫌だったのだろう。ならば、在庫の中古品を売り歩くこと、東和町の倉庫に押し込んだ荷物の片づけ、絵も趣味でなく仕事として収入に結びつけることを条件に、リサイクルショップをやむなくたたんだ。


 近場はイヤだと、八戸まで月に一度行っていたフリマには、1年ほどで行かなくなった。おいもの開店時間に東和町に行って(遅い)、1~2時間で昼には帰るのだが、時々昼時に帰らず頑張ってるなと思ったら、手には大量の山菜やキノコを意気揚々と。午後は薪割りや絵の制作をしたり、ホームセンターに行ったり。おいもの閉店時間の前に酒屋に行って、スーパーで酒の肴を見つけて、閉店時間にいそいそと自宅に上がる。冬は大好きな薪ストーブの前でおすわり。俺は火の番してるんだ。「オレが楽そうに見えるだろうけど、これでもストレスがあるんだよ」と言うが、どう見たって毎日サンデーみたいな(サンデー毎日ではない)夫。一方、毎日マンデー、いやフマンデーの妻。「5年たったけど?」「いやあと5年の命だ」とまた言われて、結局15年たって逝った。


 昨年四十九日で子どもたちが帰ってきた時に、夫がやり残した倉庫の片づけにみんなで行って呆然。小屋の外に古紙、アルミ缶、ビン類が大量に山積み放置、小屋の中は回収した布団やら古着や家具。金めのものは全くなさそう。開店当時のものまである。ああ、東和の小屋は単なる物置、ゴミ捨て場か!とにかく、資源ごみから分別する。

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 息子が笑顔の父ちゃんの写真に向かって、「おまえもやれよー!」と叫んだ後に、「あれ、これもあれもオールフリーだ!?」と次々出てくる空き缶の山。え?毎晩発泡酒は飲んでいたけど、ノンアルコールビールなんて見たことない。「お母さん、知らなかったの?」と、あきれる子どもたち。

 証言1・娘「私が仕事からお昼に帰ってきた時、2階でお父さんが慌てて飲みかけのまま、グシャとつぶしてポケットに入れてたよ。あと、焦って台所の隅に缶をコソッと置いて、なんとか隠そうとしてたけど、もう見てしまったもんね」
 
 証言2・息子「俺が岩手に帰ってきた時、昼間から俺の前で堂々とノンアル飲んでたよ。そこまでして飲みたいんだと驚いた」

 証言3・妻「そういえば、時々昼飯時に2階からプシュッとビール缶を開けるような音が聞こえて、え?そーと階段を上って台所をのぞくんだけど、それらしきものが見当たらないのよ。あと、2階の窓からカーンって下に何か投げ捨てた音がしたから、外に出てみたら塀の下にビールの缶が転がっていて、コレなに?って追求したけど、知らないって言うし」

 ああ、ずっと騙されてきた。オールフリーの空き缶の山を前に「これだけ飲みました~」の遅かりし証拠写真の記念撮影。

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 大人4人丸二日がかりで片づけて、古紙、段ボール、缶などを資源問屋に持ち込んで、アルミ缶100キロ(40袋)、父ちゃんが飲んだ一升瓶125本で125円、全部で数千円…。「うわー、時給何円だ、ガソリン代にもならないな」と、ぼやく息子だった。


 「新田サンのことを誰も悪く言う人はいなかったなあ」と、夫の一周忌に来てくれた彼の友人がつぶやいたのに、思わずのけぞった。「えー、そうなの?どれだけ外づらよかったんだ、アイツ。彼の悪口言ってるのは、私だけ?今でも言っているし!(笑)」

 
 今だから夫に問う。毎日片づけに行くと出かけては、ときどき山に行って山菜・キノコを採り、ボーッと空を見て、息抜きしていたのではないか!

 「子どもが成人する60歳になってからじゃダメ?」と言う私に、「いまやらないと間に合わない」。確かにスタートは50歳と遅かった。それからは人になんて言われようと、妻はうつになり、家庭崩壊しそうでも、「なんとかなるよ。そんなに仕事がしんどかったらやめたら?やりたいことをやればー」。一緒にどん底になんて、御免こうむる。大工からキノコ採り、ダジャレと、何でも人並み外れた勘と器用さ、できる人だったのに、お金のために働きたくなくて、「オレは(カネが中心の)現代に合わない!」

 
 私には家庭を二の次にしてまでやりたいことはあった?結婚して働き続けてきて、子どもが大きくなったらもう還暦。確実に気力も体力も落ちている。やっと自分の人生を楽しみたいなとか、残された時間をもっと世の中のために使えないかと思ったりもするが、まだしばらくは夫が残した片づけの山に振り回されそうだ。もういいかげんにしてーと不満を訴えても、「イヒヒ、頑張れー」とあっちで笑っているだけ。フン!自分の時は後始末で家族に迷惑をかけたくない。私の終活断捨離もボチボチ始めている…。


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